浪速区医師会 七十年の歩み

徳田 修 60 年以上地域に貢献された会員 皆さん、こんばんは。ただいま紹介されました、徳 田でございます。60年というと短いようで長かったか、 長いようで短かったか。後になってみると、どうだか 分からないんですけれど、もう年もいきまして、いろ いろなことをすぐ忘れるんですね。そのためにカンニ ングペーパーを持ってまいりました。しゃべってみます。 皆さん、浪速区は 70 年ということで他の医師会と少 し違うのではないかと、他の医師会の先生方は考えて おられると思います。他の医師会は 6 年前に既に 70 周 年をやっておられます。なぜ浪速区だけが 6 年遅いか。 詳しいことは竹中先生が 60 周年の記念誌に書いておら れるのですが、その当時、浪速区にはいろいろ問題がありまして、昭和 22 年にできた医師 会をいったん廃止する。一応、解散したわけです。 そして、昭和 28 年 12 月に新しく医師会として生まれ変わりました。それで今日が、ちょ うど 70 周年ということになるので、その点、新しい先生方はなぜ違うんだと思わないよう にしてください。 その間、私でちょうど 10 人目の会長をやったのですが、新しい医師会になってから 30 年、 40 年、50 年、60 年と 10 年おきに、こういう会を行ったわけです。第 8 代の川田会長は特 に熱心にやられ、今はお亡くなりになりましたが、先ほどの話にもあったように、なぜ「和 をもって貴しとなす」かを、昭和 28 年に身をもって体験されたことだろうと思うんです。 その 1 年後に入会したので、私はその事件を知りません。もし興味がある方は 60 周年の 記念誌をよく読んでみてください。 それから特に今思うのは、日本医師会の松本会長あるいは副会長、大阪府医師会の会長先 生ともに来ていただいて、それから地域の区長さん、その他地域の皆さま方に非常にたくさ ん来ていただいて、本当にありがとうございました。 私はもう年で、次の 10 周年はまず無理だろうと思うのですが、今後とも皆さん、浪速区 医師会をよろしくご後援していただいて、立派な医師会に育てていただけたらと思います。 特に先ほどの話にもありましたようにブルーカードの、ああいったことを次々と考えて新し い若い人にやっていただけますので、特に若い先生方に期待したいと思います。昔から言い ますように「老兵は死なず消え去るのみ」ということらしいので、この辺で終わりとします。 以上です。 180

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