浪速区医師会 七十年の歩み

祝 辞 竹下 隆 大阪市会議員 あらためまして、大阪市会議員の竹下でございます。 明けましておめでとうございます。浪速区医師会 70 周年ということで、こうした大きな催しを開いていた だき、また、われわれもここへお招きいただいたこと を心より感謝いたします。ありがとうございます。 能登の地震で本当にたくさんの方が亡くなられて、 被災された方もたくさんおられます。心からお見舞い 申し上げます。大阪市消防でもヘリコプターを持って いるので、いち早くレスキューが向こうへ飛んでまい りまして、できる限りの救助を交代ではあるのですが 行っている状況です。 こういう大きな災害は、なぜか定期的に来ているんですね。私たちに関しましては、特に 地震うんぬんに備えておくことができるのですが、特に医師会の先生方は、これまでコロナ ですね。最初は何が何か分かれへん状況のまま、先生たちにも自分の身を省みず私たちを治 療していただく。当時コロナが大はやりしたときにマスクがない、手袋がない、白衣がない 状況の中で、本当に親身になって先生方が私たち区民、市民のことを考えながら一生懸命治 療をくださいました。本当に尊い活動をしていただいたことを、あらためて感謝申し上げま す。ありがとうございます。 医療従事者の方には常に最前線で、われわれのことを考えて戦っていただいているので本 当にありがたいなと。それだけしか私たちはありません。何ができるか。ただ状況を整える ことしか私たちは政治ではできないんです。できるだけ皆さまが活動しやすいような状況を 整えていくのが私たちの務めだと思っているので、これからもいろいろな、いわゆるリクエ ストではありませんが、ご助言いただけましたら、できるだけ速やかに状況を整えていきた いと思います。 それとは別に、来年また万博があります。万博に向けて大阪府、大阪市、日本中の国も一 丸となって万博に進めていっているわけですが、震災は震災として復興のためにやっていく、 万博は万博としてやっていく。これは日本が世界へと、日本は両方できるんだなと訴えてい 188

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