有田繁広くんを悼む 川 田 信 哉 川田医院 有田繁広 昭和31年10月9日生 令和6年6月15日没 享年67歳 当方と彼とは同級生で3歳頃から 「ちぃちゃん」「しんやちゃん」と呼び 合う仲でした。住んでいる所が浪速区 の東と西に離れていますので学校など 全て違いますが、親同士が浪速区医師 会所属で仲良しで1年に1回の医師会 レクリエーション旅行ではバスの一番 後ろに陣取り年下の連中と一緒に『部 長・課長』など目的地に着くまでリズム遊びをやって騒いでいました。 彼は 4 人兄弟の末っ子で自分の名前繁広(しげひろ)の「し」を上手く言えず「ちげひろ」 から「ちぃちゃん」と呼ばれていたそうです。 彼は桃山学院高校3年生の夏休みに家族会議の結果、近畿大学医学部に進学し医学の道に 入ったのですが、近大医学部 2 期生で入学して4期生として卒業。同期生 360 人、どの学年 でもど真ん中に君臨し1期生にも顔が利くと言う離れ業。しかも母校の高校大学は共に彼の 卒業後偏差値爆上がりと学校にとっても特異的な「招き猫」の存在となったのでした。 近大病院放射線科に入局して 研鑽を積んだ後、有田医院に帰 ると同時に浪速区医師会に入 会。遅れて入会した当方と再び 濃厚な接点が出来ました。 当方は医師会理事会では厚生 福利担当一本で、敬老の日の記 念品お渡しの他はレクリエー ション旅行と食事会の隔年毎の 実施がお仕事です。彼が医師会 77
RkJQdWJsaXNoZXIy NDY3NTA=