浪速区医師会 七十年の歩み

浪速区医師会創立 70 周年に寄せて 中 山 博 文 中山クリニック 小生は平成 13 年 1 月に浪速区医師会に入会させていただき、中山クリニックを開設いた しました。大学卒業後 3 年間は神経生理学の研究に従事し、医師会との接点は全くありませ んでした。その後国立大阪病院(現 国立病院機構大阪医療センター)に13年間勤務し、 国立病院退職後約半年間、西区の四ツ橋診療所に勤務してから開業しました。東医師会、西 区医師会を経て浪速区医師会に入会させていただいた次第です。 国立大阪病院では地域医療研修センター主管、地域医療連絡室長を併任していましたので、 大阪府医師会勤務医部会ブロック委員会、大阪府医師会病院委員会のメンバーとして医師会 の会合に顔を出すようになり、医師会の先生方の地域への貢献と医療全体に関する高い見識 に驚かされ、小生は医師会に対する認識を新たにしておりました。 開業は継承ではなく新規でしたので、開業当初はクリニックの運営の経験が全くなく、加 えて患者さんが少なかったので経営上の不安をかかえる日々が続きました。そのような状況 で、2 年毎に襲ってくる診療報酬改定への対応や新型コロナ感染症への対応など、医師会に サポートしていただいて、なんとか今日までやってこられました。先達や仲間がいることは、 本当に有難いです。 開業する 4 年前(平成 9 年)に日本脳卒中協会 https://www.jsa-web.org/ の立ち上げに 参画し、その後も役員として組織の運営を担ってきたため、開業以来常にクリニックと協会 の二足の草鞋を履いている状態で、浪速区医師会の活動にほとんど寄与することができず、 申し訳なく思っております。そのような私にとっても、浪速区医師会のブルーカードシステ ム、Aケアカード、やわらぎの集いなどの 活動はわくわくするものでした。 開業以来、浪速区医師会の諸先生方か ら親切なご指導を賜りましたことに、こ の場を借りて改めて御礼申し上げます。 加えて、浪速区医師会を支えてくださっ ている役員・事務局の方々に感謝申し上 げます。 右が筆者 113

RkJQdWJsaXNoZXIy NDY3NTA=