浪速区医師会 七十年の歩み

ブルーカードの歴史 ブルーカードの歴史 浪速区医師会 60 周年記念誌(2014 年度版)で、2009 年度からのブルーカードシステムの 誕生からの経緯を報告させてもらった。 経緯を簡単に記すと地域病院も交えた浪速区医師会ゴルフコンペより、徳地先生の提案で 親睦会へと発展した。そこで地域医療に何が必要かという議論になり、救急時に病院と診療 所で連携体制が出来ないかという話が出た。 当時は、「救急搬送のたらい回し」(奈良県大淀病院事件など)の件もあり、地域全体で救 急医療体制を充実させるべきだという気運が高まっていた。 その頃は 3 回以上救急搬送を拒否されたケースが全国で 1 万件を超えており、大阪では 10 年間で救急告示病院が 40 施設近くなくなっていた。また,大阪市内のデータでは 2005 年以降,救急搬送所要時間が毎年悪化してきており、2010 年度では 30.2 分となった。救急 久保田泰弘 浪速区医師会会長 藤 吉 理 夫 浪速区医師会副会長 18

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