医師会と歩んで・・ 澤 井 貞 子 沢井眼科 私は、医師になって 40 年が過ぎ、浪速区で開業して 35 年になります。医師としての臨床やキャリアは、ほぼこの 浪速区で積み上げました。開業するまで来たこともなかっ たこの浪速区と浪速区医師会にご縁を得たことは、私の人 生最大級の幸運であったと感謝しています。 開業 35 年もなると、ご家族4代にわたる患者さんも多く おられ、また街の移り変わりも見てきました。当初、でん でんタウンだった日本橋も、オタクの街になり、今やイン バウンドのメッカとなっています。学校医をしていた約 150 年の歴史ある小学校も、児童数が減り、廃校、合併、今や 児童の 1 割が外国籍です。 一方、私の家族も、開業当時幼児だった子供3人は、立派?な親になりました。子供が病 気になったり、学校から呼び出しを受けたり、診察の合間に学校や塾の送り迎えや、入学試 験の結果発表を待ちながら診察していた時も。今では懐かしい気もしますが、診察開始時間 に間に合わず焦りまくる夢に今でもうなされます。 眼科診療は仕事ですが、医師会の仕事は、さらに余分な仕事になります。浪速区医師会では、 平成6年から理事として、平成 16 年から副会長として 12 年、平成 28 年から4年、会長をさ せていただきました。「医師会の仕事をしている場合ではない」「今期で辞めさせてもらおう」 と思った回数は数えきれません。ですが、これまで役員を辞めずに続けてきたのは、医師会 の仕事をしていて楽しいことも沢山あったからです。医師会を通じ、いろんな人と巡り合い、 いろんな人を知り、学ぶ機会をもらえたことは、私の人生にとってかけがえのない経験でした。 浪速区も医師会も、人は入れ替わり流動していきますが、そのものは変わりません。浪速 区制は今年 100 周年だそうで、医師会は70周年を迎えました。医療情勢も混沌としていて、 この先どうなっていくのか、不透明で予測不可です。でも、地域医療を支える医師や医師会 の重要性は絶対変わりません。これからの医師会の将来は、まだ若い会員先生や会員のご子 息たち、今後入会されてくる先生方が担われるでしょう。地域が必要とする医療の提供と連 携が作られ、次世代の浪速区医師会へ立派に継続されていくことを願ってやみません。 96
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