浪速区医師会 七十年の歩み

紡ぐ 竹 中 裕 昭 竹中医院 浪速区医師会創立 70 周年おめでとうございます。 この 10 年間の私と浪速区医師会との関わりの中で最も大 きなできごとと言えば理事に就任させていただいたことで す。 理事就任当初は産業保健担当理事を拝命したのですが、 ストレスチェックが義務化された初年度ということもあり、 混乱のさなかでした。各医師会は各地域産業保健センター と連携することになっており、浪速区は中央区、城東区、 東成区、天王寺区、生野区、鶴見区とともに大阪中央地域 産業保健センターと連携しています。ところが参加した初 回の会議で、いきなり鶴見区医師会が幹事医師会から降りたいという議題があり、各医師会 は次期幹事医師会への就任を検討し、次回の会議で報告するように求められました。私はさ らに個別に呼び出され、「浪速区医師会は代々活動に消極的で、本来、浪速区医師会が引き 受けるべき業務を中央区南医師会が引き受けてくださり迷惑をかけている」とのお叱りを受 けました。しかしながら事情や実態もわからないまま幹事をお引き受けするわけにはいかな いので、幹事は辞退し、中央区南医師会に迷惑をかけていたことをお詫びし、地域産業保健 センター事業に協力することを承諾しました。その後、幹事医師会は、みずほフィナンシャ ルグループ大阪健康開発センター所長でいらっしゃった廣部一彦先生が産業医部会長を務め ていらっしゃる中央区東医師会がお引き受けくださいました。そして私は地域産業保健セン ター事業への出務で、浪速区内の事業所はもちろん、建設中の心斎橋大丸百貨店の建て替え 現場にもお邪魔したことがありました。しかし、出務費が別の人に振り込まれたり、歯科の 出務日に私が呼び出されたりと杜撰なことが多く大変でした。 また、ストレスチェックの導入以降、浪速区医師会に産業医を紹介してほしいという要望 が数多く寄せられました。その際、クボタ本社診療所の北村栄作先生には大変お世話になり ました。この場をお借りしまして改めて御礼を申し上げます。 このような状況の中、浪速区医師会のために何かをするという余裕もなく、ただ大変なま ま時が過ぎました。2 年目には浪速区医師会への産業医紹介依頼も落ち着きを取り戻しまし 102

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