浪速区医師会 七十年の歩み

クとして広げていかなあかんな」とおっしゃっています。今日は東部ブロックの先生方に同 席していただいて、やはり災害も含めていろいろなことをもう少し、2 次医療圏レベルで話 し合う必要があるということで、今日いてはる?岩本先生が東部ブロックの連合会を立ち上 げようではないかという約束をしてくださったので、非常に楽しみに思っております。 最初に言っておかなあかんのは、今日のお土産もいろいろ選定した結果、おいしいものを、 最終的にはうちの岩城事務長が決めたのですが、その中に A ケアカードのパンフレットが 入っています。皆さん全員に入っているのですが、これも準備枚数が足らんで直前になって、 一生懸命、事務長が印刷して手作りしたものなので、ぜひポイ捨てせんと 1 回は目を通して から持って帰るようにしてください。 ACP のものも、うちの在宅のケアマネの五十川さん辺りが一生懸命になって考案して作っ てくれたものなので、それも捨てんと。他地区の人はこれは単に?打ってあるように見える けど、一つ一ついろいろなたたき台を作って完成されたものなので、ぜひポイ捨てだけはや めて、1 回読んでから捨てるようにしてください。 有田会長に「どこまでしゃべんねん」と言われる前に引き上げようと思うのですが、10 年この集まった経過というと、浪速区の歴史としては、僕が理事になった 2008 年に最初に ブルーカードをやりました。最初にブルーカードを作る前に、今日お越しではないけど?金 田先生と「どんなシステムがいいかな」と言うて、当時竹中先生が会長やったんですが、竹 中先生が「いろんなところを勉強しておいでや」と言って、埼玉県の所沢医師会が当時 FileMaker というデータベースで病診連携、在宅連携をやっていたので、それをわざわざ埼 玉の田舎まで見に行きました。 そういうところで、すごいシステムが稼働しているのにびっくりして持って帰って、病診 連携委員会でたたき台を作り、もちろん、そのとき医師会長の竹中先生が「好きなことをや りいや」と言ってくれたのが発端ですが、そこから始まったんですね。 浪速区の 3 病院プラス、今日、大勢おられる 3 病院の方、富永病院からは特に氏野先生、 大西先生、安井先生等々が来てくれていますが、当初の頃からいろいろご意見をいただいて いたと思います。なにわ生野病院からは長谷川先生、愛染橋病院からは松田先生が当然理事 なので参加していただいています。中村先生も来てくれています。 まず?土台のある病院が少しずつ広がっていった。次に竹中先生の時代から佐久間先生の 時代になり、佐久間先生は本当に気合入れて、僕が暴走してる足を少しも止めることなく「行 け」という感じで蹴飛ばして行かせてくれたので、「先生、行きましょうや」と僕が言うたら、 「そやな。6 病院やったら物足りんから広げなあかんな」いうて、今日来てもろうてる、ま ずは警察病院、当時 NTT 病院、日本生命病院に、首を引っ張られて「行くぞ」と連れて行っ てくれました。 196

RkJQdWJsaXNoZXIy NDY3NTA=