なんと佐久間先生は、やっぱりオーラがあるんですね。言うたら、ぽんぽんとトントン拍 子に参加が決まっていく。二つ、三つ決まらないところもありましたが、そういう感じでやっ て、六つやった病院があれよあれよと17病院まで広がったわけです。これは僕1人やったら、 たぶん 1 個も増えてへんと思います。そのときの佐久間会長の迫力で押し切ってどんどん広 がっていったんですね。 ブルーカードは簡単に言うとハイブリッドで FAX でも参加できるというよさがある。何 でかいうと、IT 化してしまうと 50%以上は電子カルテを持ってへん人は参加できへんので すよ、浪速区医師会は、それはよくないということで、いろいろな人が参加できるように必 ずアナログも残そうと。これは有田会長もいつもおっしゃっていたのですが、IT 化はして もいいけど落ちこぼれせんようにしていかなあかんなと。やがては IT 化せなあかんのです けど、今はこれでいこうということでやったわけです。 そして、澤井会長の代になって A ケアカードが誕生したと。これも簡単にできたように 思うけど、やる前に多職種連携と、先ほど医師会長の挨拶とか、今日は…?…会長はご都合 で来られていませんが多職種全体で集まってやっていく。ケアマネさんも訪問介護も集まっ てやっていくということで誕生しました。 誕生したのですが、A ケアカードはデジタル化してしまったので、どうしてもコストがか かるんですね。そのときに行政の当時の玉置区長が非常に一生懸命ご尽力くださって、コス トがかかる分、額は 1000 万円少しあったのですが、何とそれを取ってきてくれました。そ のおかげで A ケアカードのベースとなるものができたという経緯があります。その伝統を ずっと引き継いでやってきたわけです。 そのときに、決めるために話し合いが必要なので、確かスイスホテルのレストランで絶え ず「会計はどうしよう」と言って、澤井先生は非常に会計にもきちょうめんでいらっしゃる ので、一生懸命、話をしました。その結果、システムを管理している管理工学研究所の村林 さんが今日は被災地にもかかわらず、わざわざこのために参加してくださっていますが、浪 速区医師会のコストダウンのわがままな要望を一手に引き受けて、活躍されて。いつも会社 からは怒られっぱなしだそうです。「こんな費用で誰ができるか」と上から言われるは、有 田会長からは「このコストでないとやらんぞ」と言われるし、そんなこんなで非常に板挟み になって。僕もどちらかというと立場は医師会なので友人としても困ったのですが、でも押 し切っています。村林さん、いつも無理言うてごめんね。遠くから来てくれてありがとうと いうことを言うておきます。 そんなこんなで最終的に有田会長の代になって続けていくわけですが、実は有田先生には 非常に育ててもらいました。なぜかというと、僕が IT 好きなんは前からそうやったんです けども、最初の発端が日本医師会の医療情報システム協議会といって、全国から IT 好きな 197
RkJQdWJsaXNoZXIy NDY3NTA=