浪速区医師会 七十年の歩み

うなずいて、人骨ではないが、ワニのような大型の動物の化石だ。調べてみないとはっきり しないが、大きな発見だ。またはっきりしたら、教えてあげる」と、言いました。その後、「国 立科学博物館の長谷川善和さんが来て井伊谷で大規模な発掘調査が行われた」と、我々の発 掘している「井伊谷の谷下」の現場がテレビのニュースで報道されました。翌日の新聞記事 にものりました。 これまで日本で発見された古代ワニの東限が大阪で発見された「マチカネワニ」でしだが、 今回の我々の古代ワニの発見でその生息域の東限が浜名湖まで東に延び、大発見となりまし た。我々の発見したワニは「谷下ワニ」と名付けられました。この発見は、当時の古生物学 会でも話題に上ったようでした。その年には、我々も静岡県の学生に贈られるノーベル賞と 言われている「鈴木梅太郎賞」や「学生科学賞」を受賞しました。この古代ワニの化石はそ の後復元され、一時期、上野の国立科学博物館にも目玉の「古代ワニの化石」として、展示 されていました。 私達が立ち上げた、化石研究班の「谷下班」も最初は4人で始めた最小班でしたが、私達 が卒業して2~3年後には、十数人を超える地学クラブで最大の班に成長していました。そ の後、後輩たちの努力が実り、我々の発見した「谷下ワニ」が中国の「揚子江ワニ」との類 似性があることで、ワニの化石を通じて日中文化交流が始まりました。当時、日中平和友好 条約(1978 年)が締結する前でしたので、こうした文化交流は「ワニが取り持つ日中文化交流」 として、毎年のように新聞に取り上げられ、我が高校の「谷下班」の活躍が紹介されました。 私の高校時代は、振り返ってみると、セレンディピティに満ちた研究生活でした。父の友人 との出会いから始まり、谷下化石発掘班の友人との出会い、化石との遭遇、古生物学教室の 長谷川善和との出会い、そして最終的に古代ワニの発見により「鈴木梅太郎賞」や「学生科 学賞」の受賞、発見の業績が後輩たちに受け継がれ、日中文化交流にまで発展しました。コ ツコツと努力を重ねたことで、思わぬ「幸運な方向」に話が進んでいく、「セレンディピティ」 を引き寄せたのではないか? そう、あの時の自分を振り返って、思い出しました。 さて、再び、眠っていた研究嗜好に目覚めたのは、大学を卒業して、大学院で研究を始め てからでした。学生時代から、内分泌学に興味を持っていました。 特に「成長のステップの鍵はホルモンにある」と言う事実に特に興味をもちました。 生き物は誕生すると、成長して大人の形になります。大人になるとは「子孫を増やすこと ができる体になる」ことです。では、大人になるまでの成長過程を何が握っているのでしょ うか?多くの人は、ただ食べ物と水をとっていれば自然と大人になると思っています。確か に、生き物は「食べ物と水」をとっておれば自然に大人になりますが、生き物の体のなかで は色々な「仕組み」が絶えずは働いているのです。「ひらめ」を例にとって説明してみまと、 ひらめは最初、メダカの様に目は左右両側にちゃんとついています。しかし成長するにつれ 83

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